0.歴史
現在の横41系統としての歴史は浅く、1981年ごろの路線表には横41(の原型)は載っていない。1970年ごろに横浜駅(東口)〜ドリームランドという路線が存在していたらしく、この路線が廃止になったあと、高島町〜浜松町には神奈中バスが走っていなかった時期があるようである。
開設時期は不明だが、80年代の東口の一大ムーブメントといえば横浜そごうである。丁度横浜そごうができたころの開設ではないだろうか。管理人も幼少だったため詳しく覚えていない。なので情報募集中。なお、1984年発行の「神奈川のバスマップ」には当該路線が掲載されている。
1.本数
とにかく少なかった記憶しかない。少なくとも10年ぐらい前から現在と同じような水準だった(一日往復6回)と思われる。横43・44の出庫便としての役割も同様。
2.乗客数
横浜駅東口行きは前を走るバス及び当該便の遅延具合に左右される。前を走るバスとの間隔が開くと乗客は多数となる。乗客にとっては西口でも東口でも大した違いはないと考えて(?)いるのかどうかは不明だが、前便との開きによっては保土ヶ谷駅を過ぎても席はすべて埋まることもある。(これは午前便での観測を基にしています)
下りは横浜駅東口発は少ない。それも当たり前で、予定をこれにあわせなくても市バス77系統があることや、停留所が77系統と違ったりとで、少々使いづらくなっているためである。以前は77系統の直前に出るようなダイヤ設定で、77系統を待っている列から何人か目敏く見つけて並びなおすということもあったが、現在直後に出るようなダイヤ設定(最終便での観測)になったため、乗客数は大体5人程度である。なお、保土ヶ谷駅では、どういうわけか前を走るバス(横17など)と重なるため、保土ヶ谷駅からもあまり客は乗らなかった記憶がある。
西平沼橋交叉点を左折する横41系統 | |
そこそこの乗車率 | |
横41のほかにも、57系統がこの道を通る。57も横41も、本数の少なさは共通である。 | |
高島トンネルを出てくる横41。高島トンネルの混雑状況によっては、そのまま上を走ることもある。 | |
でてきたところ。見事に車に被られる。 | |
戸部駅のガードをまた路線バスとして黄色いバスがくぐるのはこれから2年と6ヶ月あとになる。 |
メインディッシュ:戸塚駅→横浜駅
横41の思い出
廃止になるとは思わず、写真が少ないのなんのって。 (お3/94号車の画像提供:ts-train様)
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