方向幕工房江ノ電

江ノ島電鉄の幕のご紹介。

特徴
丸ゴシック→手広・藤沢の一体幕・横浜の98年以降・こまわりくん※
ゴシック→鎌倉・97年までの横浜・経由地幕と分かれていた頃の手広・藤沢※
※見晴橋発着は、新製の為丸ゴシック。また、鎌倉の2001年度導入車は一部丸ゴシック化。経由地幕のうち「常楽寺」は新製の為丸ゴシック。おまけに白地に黒ヌキ。

新しい幕は総じて丸ゴシック化する傾向があり、特に手広と藤沢は途中で経由地幕を一体化したため、幕を新製した影響で丸ゴシックとなった。

それでは、幕を見てみましょう。
←大船駅〜江ノ島線。手広営業所かと思いきや、以外と藤沢営業所管轄。

手広営業所の稼ぎ頭、深沢線。江ノ電では珍しくローマ字表記。但し、行先ではなく、外国人が多く訪れる大仏をローマ字に。夜間を除き、藤沢駅南口周辺の渋滞を回避する為に、川名橋辺りの細い道に突っ込む。

江ノ電は、あのロゴである場合と、このようにそっけなく書いてある場合がある。流石にあのロゴでは作れなかった。

鎌倉営業所の古参車は、上大岡駅「前」がつく。

鎌倉駅〜上大岡駅線。こちらも横浜営業所の古参車。やはり「前」がつく。

栗木線。横浜市営だと栗木町だが、江ノ電だと栗木表記。因みに、栗木の近くにある饅頭屋に、栗木饅頭というのがあるらしい。食べたことないけど。

上中里団地循環。とりあえず作ってみたが、循環の字が黄色かったかどうかは憶えていない。但し、白地の方向幕時代(3E)は、ご丁寧に循環の回りを黒地にして黄抜き文字だった。氷取沢線があるので本数は控えめだが、朝方には氷取沢から上中里団地を経由して上大岡駅に向かう便がある。

入庫の行先。関の上に横浜営業所がある。30台少々のこじんまりとした営業所である。

鎌倉湖畔線は、鎌倉営業所のなかでも客乗りが多い路線。この他、資生堂・中央病院といったマイナー路線も存在。資生堂経由は、車掌も乗りこむ。現在は鎌倉湖畔を目立たせた表記であるが、嘗ては全て同列表記だった。但し、その内87年製の5E(車番は忘れたが、登録番号は横浜22か58ー**)は、幕を交換していた。

正月三が日限定の行先。とはいっても、古参車には入っていない関係で、この路線は比較的新しい車が充当される。

同じく正月三が日限定の車。同様に古参車の幕には入っていない。しかし、こちらは既存路線を伸ばす形になるので、運用を限定しにくいためか、古参車は、鎌倉駅行きは「勤労会館経由鎌倉八幡宮」で、戸塚駅行きは「戸塚駅」を使っている。というわけでこの方向幕もダウト。

大船駅の幕を使う車は、古参車では、上大岡駅・横浜駅・戸塚駅・平島発着便がこれに当たる。新車では、戸塚駅・平島になる。その下は、平島から鎌倉湖畔線に入る場合の送りだし用として使われる。

明治学院大学線。嘗ては明治学院大学の文字はこの程度の大きさだったが、年が経つにつれ、経由地表記が巨大化し、現在はもう少々大きい。
そして臨時便。但し、発見確率は極めて低く、入試日に見たときは「江ノ島電鉄」だったりする。

舞岡台線。これも年が経つにつれて舞岡台の文字が巨大化した。「舞岡高校前」は、舞岡高校生向けのシャトル便。

飯島団地も同様。因みに、飯島団地の場合は、飯島団地で運転を打ちきって入庫、という場合もあり、その場合は単に「飯島団地」と書かれた幕を使う。

下倉田花立線は、環状3号の延伸に伴い、見晴橋まで延伸した。その為、幕を新製:鎌倉営業所の大型車では珍しく丸ゴシック:となった。

戸塚駅の幕は、大船駅・(飯島経由)平島・南谷・京急NTと使われるが、どういうわけか複数、または3つほど用意されている。

戸塚駅からダイエーまで行っていた頃の産物。87年までは横浜日立工場前経由、それ以降は矢部町経由で走り、いつのまにか姿を消していた。大船駅・飯島団地・舞岡台から出発していたらしいが、飯島団地・舞岡台の場合、何処で幕を変えるのか、謎である。

北本郷台はおまけ。

京急ニュータウンもおまけ。因みに、京急ニュータウンから上永谷駅へ向かう地味な路線も存在する。戸塚駅行きは相当数用意されているが、上永谷駅方面は、地味に市営・神奈中・江ノ電が寄り添って細々と走っている。


さて、この幕の作った反省としては、場所が波打っていることでしょうか。ピシっと真っ直ぐになっていないのがねぇ。




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